﻿【イザベラとクリスト、セーブナに行く】



　ガタン、ゴトンと部屋全体が揺れる。
　この「魔列車」なる乗り物は、馬を使わず純粋な魔力燃料のみで千里をゆくのだという。
　地平まで果てなく敷き詰められた、鉄と木を組み合わせた「線路」という道の上しか走れない……という欠点はあるものの、馬車より遥かに早く、長く移動できる。
　こんな便利なものが開発されるとは、いやはや、技術の発達には驚くばかりだ。

「まさか、こんなすごいものに乗れる日がくるとは……」
「……そう、ですね」

　車窓の外に広がる荒野を眺めながら、向かい合った席で語らう男女がいた。
　甲冑混じりの旅装に青いマントを羽織った、中性的な顔立ちの青年、クリスト。
　床までつきそうな黒の長髪に、黒いドレス。全身黒ずくめの女性、イザベラ。
　二人の旅人はひょんなことから、この「セーブナ・リバー鉄道」が運営する列車へと乗り合わせていた。

「このまま何もないといいんですが」
「そう、ですね」

　イザベラが相槌を打つと同時に、車体がガタン、と揺れる。

「……すみません。僕らの乗れる席だと、あまり等級は高くなくて」
「いえ。大丈夫、です。……楽しいです、とても」

　２ｍはあろうかという長身を窮屈そうに縮こまらせ、イザベラがクリストに答える。
　たしかに、この木製の座席は座り心地があまり、いや大分よくない。
　とはいえ、窓の外を横に流れていく景色の新鮮さ、それを眼前の青年と楽しめているという事実が、イザベラに束の間、腰の痛みを忘れさせた。
　本当に、このまま何もなかったらいいのに……。
　イザベラがそう思っていた矢先、先頭側の客室のドアが開き、乗務員が大声で呼びかけながら顔を出した。

「おぉーい、そろそろ危険地帯だ！　護衛の客はすぐ来てくれ！」

　イザベラのささやかな願いは、いとも容易く打ち砕かれた。


　＊　　＊　　＊


　客室と客室を繋ぐ通路に設置されたはしごの上から、屋上へ。
　魔列車の上から眺める荒野は、また車内とは別の趣があった。
　この場合の趣とは、砂埃混じりの強風とか、先頭車両の機関室から吐き出される煙とか、不安になる車体の揺れを指す。

「大丈夫ですか？　お手を」
「いえ、大丈夫です。…他の方も、集まってるようですね」

　どうやら自分たち以外にも、『護衛割引』で乗っている客は少なからずいたらしい。
　見れば、冒険者然とした装いの者達が各車両の屋上に散らばり、線路脇の眼下に群れる動物達に警戒の視線を送っていた。
　頭部から角の代わりに大型の銃を生やした、物騒な外見の牛の群れ──
　悪名高き『魔列車の惨劇』を引き起こした元凶、リボルバイソンだ。
　その両角の銃を除けば至って穏やかな生態ではあるが、なにぶん数が多すぎる。

「結構、いますね…」
「そうですね。確かにこれだけの数が一斉に発砲してきたら普通の装甲車でも危険、か……」

　数ヶ月前、開通したばかりのセーブナ・リバー鉄道を襲った悲劇。
　大きな音を立てて走る、見慣れぬ物体に驚いたとあるリボルバイソンが、その頭部の銃を魔列車に向け一斉に発砲。
　その発砲音に驚いた他のリボルバイソン達が、立て続けに発砲。発砲。また発砲。
　その恐るべき威力と弾幕に、哀れ、乗っていた乗客達は残らず蜂の巣にされたという。

　当然、運行会社とて何の対策もしなかったわけではない。
　リボルバイソンの狩猟依頼を出したり、車両装甲の強化をしたり、あれこれと画策したものの──
　結局、最終的には「最も割の良い方法」に帰結することとなったらしい。
　すなわち、通り過ぎる間だけ防護魔法を展開したり、簡単な魔法でバイソンを追い払う冒険者を雇う。
　その代わりに運賃を優遇する、といったものだ。
　この『護衛割』キャンペーンは、長旅はしたいが旅費は切り詰めたい、それでいて腕に覚えのある冒険者達と需給がマッチし、ひとまずの成功を収めていた。

「中々うまいことを考えたものですね」
「おかげで、私たちでも、乗れました」
「ですね。乗客の方々にもこれ以上の被害を出さずに済みますし……渡りに船、いえ、列車でした」

　苦笑して、クリストが揺れる列車の上、愛用の大盾を構える。
　素早く詠唱を済ませると、柔らかい光が周囲へと広がった。あっという間に、車体全体を覆うように魔力の防護壁が展開される。
　周囲の車両を見渡し、他の冒険者達も各々の防御手段を発動したのを確認したクリストが合図を送る。

「では、お願いします！」
「はい」

　イザベラが短く呪文を呟くと、その眼前に複数の魔法陣が展開され、ごく初級の火球が数発、バイソンの群れに放たれた。
　あえて群れの上空をかすめるように放たれたそれは、向こう側の地面に着弾し、小さな花火のような音を立てて弾けた。
　すると音に気付いた数頭のリボルバイソンが、音がした方向を振り向いて何事かと眺めている。
　リボルバイソンの銃は正面にしか発砲できない。
　こうして群れの気を逸らすのも護衛の仕事だ。

「……ふぅ」

　イザベラが小さく息をつく。
　これで、後は何事もなく通り過ぎられればいいのだが。
　そう思って眺めてはみるものの、やはり焼け石に水というか、眼前を通り過ぎる列車という存在はリボルバイソン達にとってあまりにも大きな異物なのだろう。
　少なくない数のリボルバイソンはこちらをじっと見つめたまま──
　やがて、何かの拍子に草を食んでいた一頭が、地面に向けて発砲した。
　すると、仲間の発砲音に驚いたバイソン達がつられて発砲し、その音に驚いた他の個体が次々と発砲し……、
　連鎖的に、無差別にリボルバイソン達が弾をバラまきはじめ、あっという間に周囲は銃撃の音で満たされていった。

「……すごいところですね、セーブナは」
「そう、ですね」

　魔列車に向けて放たれた銃撃が、クリストの防護壁に弾かれていく中、二人は目の前の光景に圧倒されていた。
　大量の爆竹に火を点けて、その只中にいたらこれほどの音量に迫れるだろうか？
　イザベラの方を振り向いて何かを言いかけたクリストが、すぐにいつもの困り顔で苦笑する。

「え？」

　口に出して、イザベラも気が付いた。
　銃撃音が大きすぎて、お互いが何を喋っているかまったく聞こえないのだ。
　それが何だかおかしくて、苦笑するクリストにイザベラは笑顔を返した。
　自然と二人の距離が近くなる。うるさいのだから仕方ない。
　言葉の代わりにそっと手を握り合って、二人はこの冗談のような馬鹿騒ぎを眺めていた。

　銃撃の大合唱の中を通り抜けながら、二人を乗せた魔列車は往く。
　この先、セーブナ・ストリップ。
　辿り着くまでに護衛たちはまた何度も奇妙な光景を目にすることになるのだが、それはまた別のお話。




